メンタルヘルス連携における本人・家族参加の促進:意思決定支援の課題とアプローチ
はじめに
メンタルヘルス分野における支援においては、医療、福祉、行政、教育など多岐にわたる専門職や機関が連携し、包括的なアプローチを提供することが重要です。このような多職種・多機関連携(以下、多職種連携)は、地域で生活する方々へのきめ細やかな支援を実現するために不可欠なものです。
一方で、多職種連携を推進する上で忘れてはならない視点があります。それは、支援を受けるご本人やそのご家族が、支援のプロセスや内容に主体的に関与し、自らの意思に基づいた選択を行えるようにサポートすることです。しかし、病状の影響や情報へのアクセス格差、あるいは専門家側の配慮不足などから、本人やご家族の意向が十分に連携の場で反映されないといった課題も指摘されています。
本記事では、メンタルヘルス連携における本人・家族の参加を促進するための「意思決定支援」に焦点を当てます。その意義や連携の場における課題を確認しつつ、具体的なアプローチや現場での工夫について考察します。
本人・家族参加の意義と多職種連携における課題
メンタルヘルス支援における本人・家族参加の促進は、単に権利を保障するだけでなく、リカバリー(回復)プロセスにおいても中心的な要素です。ご本人が自らの希望や価値観に基づき、主体的に支援を選択し、関わることは、エンパワメントを高め、治療や地域生活への意欲を向上させることにつながります。また、ご家族の視点は、ご本人の日々の生活や状況を理解する上で非常に貴重であり、家族全体のwell-beingにとっても重要です。
多職種連携の場では、異なる専門職がそれぞれの視点から情報を持ち寄り、支援方針を協議します。しかし、このプロセスにおいて、以下のような課題が生じやすい状況があります。
- 情報格差: 専門家間で共有される情報が、本人やご家族には分かりにくい専門用語で構成されている場合や、情報共有そのものが不十分な場合があります。
- 立場の違い: 専門家側が「支援してあげる」という姿勢になりやすく、本人やご家族が「支援される側」として受け身になってしまうことがあります。
- 意思表示の難しさ: 病状や認知機能の影響により、ご本人が自身の意思を明確に伝えにくい場合があります。
- 意向の相違: ご本人とご家族の間で支援に対する意向が異なる場合、連携の場でどのように調整するかが課題となります。
- 会議体の構造: 多職種会議などが専門家主導で進行し、本人やご家族が発言しにくい雰囲気になってしまうことがあります。
- 守秘義務との調整: 本人の同意なく専門家間で情報共有を進めてしまい、本人の意思決定の機会を奪ってしまうリスクがあります。
これらの課題に対処し、本人・家族の意向を連携プロセスに適切に反映させるためには、専門家チーム全体として意思決定支援への理解を深め、実践的な工夫を重ねることが必要です。
意思決定支援の基本原則と連携における視点
意思決定支援とは、ご本人が自らの意思に基づき、必要な情報にアクセスし、選択肢を理解し、自らの人生に関わる決定を行うことをサポートするプロセスです。これは、一方的に助言したり、決定を代行したりすることとは異なります。特にメンタルヘルス分野では、ご本人のリカバリーを促進する上で、自己決定権の尊重が重要視されます。
意思決定支援の基本的な原則には、以下のような要素が含まれます。
- 情報提供: 選択肢、そのメリット・デメリット、関連する情報などを、ご本人が理解できる平易な言葉や方法で提供すること。
- 理解の確認: 提供した情報を正しく理解できているかを確認し、必要に応じて繰り返し説明すること。
- 価値観・希望の尊重: ご本人の人生観、価値観、希望、恐れなどを丁寧に聞き取り、意思決定のプロセスに反映させること。
- 選択肢の検討: ご本人と共に、利用可能な選択肢を比較検討し、最もご本人の希望に沿うものを見つけるサポートをすること。
- 決定の尊重: ご本人が下した決定を尊重し、それが実現できるようサポートすること。
多職種連携においては、これらの意思決定支援のプロセスを、チーム全体で共有し、役割分担して行うことが求められます。
- 医療職(医師、看護師など): 病状や治療法、薬物療法に関する情報提供、医学的な見地からのリスク説明など。
- 精神保健福祉士・社会福祉士: 利用できる社会資源(福祉サービス、年金、グループホームなど)に関する情報提供、経済的な影響の説明、権利擁護の視点からのサポートなど。
- 公認心理師・臨床心理士: ご本人の感情や思考の整理、内的な葛藤の理解、自己理解を深めるサポートなど。
- 保健師・行政職員: 地域資源や制度に関する情報提供、他機関との連絡調整、手続き支援など。
- ピアサポーター: 自身の経験に基づいた情報提供、共感的理解によるサポート、専門家とご本人の橋渡しなど。
各専門職が、それぞれの専門性を活かしながら、ご本人の意思決定を多角的に支援することが、連携の質の向上につながります。
具体的なアプローチと現場での工夫
本人・家族の意思決定を支援し、多職種連携にその意向を反映させるためには、日々の実践の中で意識的な工夫が必要です。
1. アセスメント段階での丁寧な聞き取り
初回面接や定期的なアセスメントの際に、単に課題やニーズだけでなく、ご本人のストレングス(強み)、価値観、人生で大切にしていること、将来への希望などを丁寧に聞き取ることが重要です。これらの情報は、支援計画を作成する上での基盤となり、連携チーム全体でご本人を多角的に理解する助けとなります。また、ご家族に対しては、ご本人の生活状況に関する情報だけでなく、ご家族自身のニーズや希望、不安なども聞き取る姿勢が求められます。
2. 情報提供の方法を工夫する
専門家は、ご本人やご家族に対し、支援に関する様々な情報を提供します。この際、専門用語を避け、平易な言葉で説明することは基本です。加えて、口頭での説明だけでなく、図やイラストを用いた資料、動画などを活用することも有効です。複数の選択肢がある場合には、それぞれのメリット・デメリットを分かりやすく伝え、ご本人が比較検討できるようにサポートします。必要に応じて、同じ情報を異なる専門職が別の視点から補足説明することで、理解を深めることができます。
3. 連携会議やカンファレンスへの本人・家族参加
連携会議やカンファレンスに本人やご家族に参加していただくことは、意思決定支援として非常に有効な方法です。参加に先立ち、会議の目的、話し合われる内容、参加者の役割などを事前に丁寧に説明し、参加への不安を軽減する配慮が必要です。会議中は、ご本人が発言しやすい雰囲気を作り、発言を促す役割を特定の専門職が担うことも検討できます。会議のまとめでは、決定事項や今後の支援方針について、ご本人やご家族が理解・納得しているかを確認し、議事録を分かりやすく作成して共有することも重要です。参加が難しい場合でも、事前にご本人の意向を丁寧に聞き取り、会議で代弁する、あるいは会議後に内容を詳細にフィードバックするなど、情報保障に努めます。
4. 意思決定支援ツールやリソースの活用
意思決定支援シートなど、ご自身の状況や希望を整理するためのツールを活用することも有効です。また、エンパワメントを目的としたピアサポートグループへの参加を促したり、アドボケイト(権利擁護者)やオンブズパーソン制度の活用を検討したりすることも、ご本人の主体的な意思決定を支援する上で有効な手段となり得ます。連携チーム内で、どのようなツールやリソースが利用可能かを共有し、必要に応じて活用を促すことが重要です。
5. 困難な状況への対応
ご本人の病状が不安定で、意思表示が困難な状況の場合でも、過去のご本人の言動や、ご家族・友人など近しい人からの情報、事前に作成されたアドバンス・ディレクティブ(事前指示書)などを参考に、ご本人の「推定される意思」を尊重する努力が必要です。また、ご本人とご家族の意向が異なる場合には、一方の意見を優先するのではなく、双方の立場を丁寧に聞き取り、共通の目標を見出す、あるいは妥協点を探るための対話の場を設けることが求められます。これは多職種チーム全体で根気強く取り組むべき課題です。
まとめ
メンタルヘルス分野における多職種連携は、地域で暮らす方々への包括的な支援を実現する上で不可欠です。そして、その連携の質を高めるためには、支援を受けるご本人やご家族が、支援のプロセスに主体的に関与し、自らの意思に基づいた決定を行えるような「意思決定支援」が重要な要素となります。
意思決定支援は、特定の専門職のみが担う役割ではなく、多職種チーム全体で共通の理解を持ち、連携の中で実践していくべきアプローチです。アセスメント段階からの丁寧な聞き取り、分かりやすい情報提供、連携会議への本人・家族参加の促進、意思決定支援ツールの活用など、様々な工夫が考えられます。
これらの実践を通じて、専門家間だけでなく、支援を受ける方々との間にも信頼関係を築き、真に本人中心の支援を実現していくことが、今後の地域におけるメンタルヘルス連携においてますます重要になると考えられます。継続的な学びと多職種間での情報交換を通じて、より良い意思決定支援の実践を目指していくことが期待されます。