地域メンタルヘルスにおけるリカバリー志向の多職種連携:本人中心の支援を実現するために
はじめに:リカバリー志向と地域連携の重要性
地域におけるメンタルヘルス支援において、「リカバリー」という概念は近年、ますます重視されるようになっています。リカバリーとは、単に症状が消失することではなく、精神的な健康の問題を抱えながらも、希望を持ち、意味のある人生を送り、地域社会に参加していくプロセスを指します。このリカバリーを促進するためには、ご本人を中心に据え、様々な専門性を持つ多機関・多職種の連携が不可欠となります。
しかしながら、日々の実践の中では、従来の医療モデル的な視点とリカバリー志向の視点との間で揺れが生じたり、多職種間でリカバリー概念への理解やアプローチ方法が異なったりすることから、連携に課題を感じる専門家も少なくありません。特に、本人中心の支援をどのように多職種連携の中で具体化していくかは、重要な検討課題です。
本稿では、地域メンタルヘルスにおけるリカバリー志向の多職種連携に焦点を当て、本人中心の支援を実現するための具体的な課題、そしてそれを乗り越えるための実践的な工夫や視点について考察します。
リカバリー志向の多職種連携が目指すもの
リカバリー志向の支援は、病気の治療や症状の管理だけでなく、ご本人のストレングス(強みや資源)、希望、目標、価値観に焦点を当て、主体性を尊重することを重視します。この視点を連携に取り入れることは、以下のような変化を連携にもたらします。
- 目標設定の共有: 専門家が設定する目標だけでなく、ご本人のリカバリーにおける目標や希望を連携に関わる全ての専門家が共有し、支援の方向性を調整することが求められます。
- アセスメントの多角的視点: 診断名や症状だけでなく、ご本人の生活歴、社会的背景、興味関心、利用できる地域資源など、多角的な視点からストレングスとニーズをアセスメントし、情報を共有します。
- 意思決定支援への協働: ご本人が自らの人生や支援について主体的に意思決定できるよう、情報提供や選択肢の提示、リスクとベネフィットの検討などを、多職種が協力して行います。
- 非線形的なプロセスへの対応: リカバリーは一直線に進むものではありません。回復と再燃、前進と後退を繰り返しながら進むプロセスに対し、多職種が柔軟に対応し、希望を失わないよう伴走する姿勢が求められます。
本人中心の支援を連携の中で実践する上での課題
リカバリー志向、特に本人中心の支援を多職種連携の中で実践するには、いくつかの課題が存在します。
- 共通理解の構築の難しさ: リカバリーや本人中心の支援に対する理解や重要性の認識は、専門職種や所属機関によって異なる場合があります。共通の言葉や価値観を共有するプロセスが必要です。
- 情報の非対称性と共有の課題: ご本人の希望や内面に関する情報は非常に重要ですが、センシティブな情報であるため、守秘義務との兼ね合いから情報共有が難しくなる場合があります。また、多職種間で共有すべき情報の種類や深度に関する認識の違いも生じ得ます。
- 役割分担の曖昧さ: 本人中心の支援において、各専門職がどのような役割を担い、どのように連携してご本人の主体性を引き出し、意思決定を支援していくかの明確な指針がない場合、役割が重複したり、逆に支援に抜けが生じたりする可能性があります。
- リスク管理と自己決定のバランス: ご本人の意思決定を尊重することは重要ですが、時にリスクを伴う判断をされることもあります。リスクを管理する責任と、ご本人の自己決定を尊重する権利との間で、専門家間の意見が対立したり、連携が難しくなったりすることがあります。
本人中心の支援を実現するための実践的な工夫
これらの課題に対し、地域における多職種連携の中でリカバリー志向・本人中心の支援を推進するための実践的な工夫をいくつか紹介します。
1. リカバリーに関する共通学習と対話の機会を持つ
多職種合同での研修会や勉強会などを通じて、リカバリー概念、ストレングスモデル、ピアサポートなどについて共に学び、対話する機会を設けることが有効です。これにより、専門職間のリカバリーに関する共通理解を深め、「ご本人にとってのリカバリーとは何か」を共に考える土壌を醸成することができます。
2. ケースカンファレンスにおける本人・家族の参加促進
ケースカンファレンスは、多職種が情報を共有し、支援方針を検討する重要な場です。ここに、ご本人やご家族にも参加していただくことは、本人中心の支援を具現化する上で極めて有効です。カンファレンスの形式や時間、場所をご本人に合わせて調整したり、事前に話し合いのテーマや専門家の役割を説明したりするなど、安心して参加できるような配慮が求められます。参加が難しい場合でも、事前にご本人の意向や希望を丁寧に聞き取り、カンファレンスで代弁する専門職を決めるなどの工夫が考えられます。
3. ストレングスと希望に焦点を当てた情報共有の徹底
情報共有の際には、診断名や症状、リスクに関する情報だけでなく、ご本人の強み、得意なこと、これまでの経験、地域の中で関心を持っていること、そして将来の希望や目標といったストレングスやリカバリーに向けた視点を意識的に共有することが重要です。情報共有シートの様式を工夫するなど、ストレングスを記述する項目を設けることも有効かもしれません。
4. リカバリープロセスに伴走する柔軟な役割分担
リカバリーの段階やご本人の状態に応じて、必要とされる支援や専門家の役割は変化します。例えば、急性期には医療機関が中心となることが多いですが、地域生活への移行期には福祉機関や行政、就労支援機関、ピアサポート団体などの役割が大きくなります。多職種間で常に情報交換を行い、ご本人のニーズや状況の変化に応じて、柔軟に主たる支援機関や役割分担を見直すことが、リカバリーに伴走する上で不可欠です。
5. 意見の相違や対立をリカバリーの視点から検討する
リスク管理と自己決定、あるいは専門家間で支援方針に意見の相違が生じた場合、単なる対立として捉えるのではなく、「ご本人のリカバリーにとって最善のアプローチは何か」「ご本人の希望をどのように最大限尊重しつつ、必要な支援を提供できるか」といったリカバリーの視点から改めて検討し、合意形成を図ることが重要です。ファシリテーター役を置くなど、建設的な話し合いのための仕組みづくりも有効です。
結論
地域メンタルヘルス支援におけるリカバリー志向の多職種連携は、ご本人が希望を持ち、主体的に人生を歩むための重要な基盤となります。本人中心の支援を具現化するためには、専門家間でのリカバリー概念に関する共通理解を深め、情報共有やケースカンファレンスのあり方を工夫し、柔軟な役割分担と対話を通じて意見の相違を乗り越えていく必要があります。
多機関・多職種連携ハブとしてのこのサイトが、専門家の皆様がリカバリー志向の支援実践における連携の課題や工夫について情報交換を行い、共通理解を深める一助となれば幸いです。継続的な学びと実践を通じて、地域におけるメンタルヘルス支援の質を共に向上させていきましょう。